人は一人じゃ生きれない|生と死を感じること

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生命力

おはようございます。maruchika です。

 

今日は人は一人じゃ生きられないってことを強く感じたことがありましたので、シェアさせて頂きます。

生と死。死を感じることで

生を強く感じていただけるのではないかな?と思います。

生と死を考えるきっかけになれば、いきる意味も見えてくるのではないかな?と思います。

親の老い|人は一人じゃ生きれない

 

老いていくことをまわりで感じるとき、

特に親が年を取ったと感じとき、

 

「時間は有限なんだ。時が止まるわけないよね」とふと感じることがある。

 

変化しないものはないとわかっていても

身近過ぎる人やものには特別な感情があって、当たり前すぎて見えなくなったりすることがあります。

 

毎日見てると少しずつの変化なのでわかりずらいのか変化に気づきにくい。

 

脳みそが熟れすぎた果実のようになっても、気づかなくてキラキラした過去がずっとついてまわったり。

女性がいつまでもサバ読んで年取らない感じの方がわかりやすいですね。

わかってるのに気づきたくない。そんな感じです。

 

そしてその記憶もわからなくなったときに人は肉体を手放すのかもしれないなぁとぼんやり感じたり。

 

自分のしわの数よりも

親の肉体がちぢんだように見えたときに時間の流れを強く感じたりて。

 

そして、確実に死に向かって一歩ずつ歩いている実感が沸いてくることも。

 

…と、今日は少し母の風邪引いて疲れた顔を見ていたら、「死」が他人事ではないんだなぁと感じました。

誰かがいることで何かを感じることが出来る。

人は一人じゃ生きれないんだなぁと感じた瞬間でした。

 

生と死を感じる

 

親や人生の先輩が(目上の方)いるっていうのは

「死」を感じさせ、その先に

「生」も感じることが出来るんだなぁと

改めて感じます。

 

目上の方が病気になったり倒れたりすると「寿命」という言葉がよぎり、

若いひとならそれよりはどれくらいで元気になるかな?とか

いつ退院だろう?と生きる前提で考える。

 

これもそれぞれなので思い込みですがつい考えがちです。

 

その時に生きている実感と

自分にも時間は有限で必ずや死が訪れることを感じたりして。

 

自分が若ければ若いほど、

健康であれば健康であるほどに

実感はわきにくいです。

 

でも周りに色んな人がいて、個性が様々だからこそお互いに影響しあって

気づくこともありますので人がいるって本当に気づきの連続ですね。

感謝です。

 

メメントモリ

 

あなたは藤原新也さんの「メメントモリ」という本をご存知でしょうか?

私は二十歳そこそこのときに写真家の方からお借りして

気に入り、そんなに気に行ったならあげるよ。といって

頂いた私のお気に入りの本です。

 

ただ今年何故か人に貸してあげてから返ってきたはずなんですがどこに行ったかわからず…

まぁまた買えばいいんです(笑)

 

 

この本は写真付きで生と死について語られています。

写真で見る分、死を身近に感じ、生きることを強く感じる作品だと思います。

死を感じる機会って日本なら日常にそれほど多くないと思うので、

少し衝撃的な写真に感じるかもしれませんが。

 

これがその本です。見る価値ありますよ(*^-^*)

 

 

私はこれで生と死を感じました。

 

人間いつかはかならず死ぬんだな。でもそれまでに何かを知ることが必要だ。

と思いました。

 

実際の父の死

 

この本の数年後、父が他界しました。

その時のことは悲しみのあまり覚えてないのですが、

初めての身内の死で動揺しまくりでした。

 

きっとその時は、まだ本の内容が他人事だったんだなぁと感じました。

本で感じることも必要だけど、

実際に体験することとはあまりにもかけ離れていることにも気づきましたので

体験することの強力さを痛感することとなりました。

 

体験に勝るものはない。そんな言葉も思い出したり。

 

まとめ

 

今日は何となく生きることを真剣に考えたほうがいいなと思ったので

書いてみました。

 

私達にとって今日一日が後悔ない一日であることを願います。

明日死んでも後悔しない今日を過ごしたいものだと感じる今日この頃でした。

 

今日もご覧いただきありがとうございます。

良い一日をお過ごしください。。

 

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